指定文化財詳細

てんきゅうじえんまどう さんもん

典厩寺閻魔堂・山門

指定区分
国登録有形文化財 
地区
篠ノ井 
所在
長野市篠ノ井杵淵 
年代
万延元年(1860) 
指定等年月日
平成30年11月2日

 

解説
 典厩寺は、千曲川沿いに面した篠ノ井杵淵に位置する。川中島古戦場の南方にあり、川中島合戦では、武田信玄の弟・武田典厩信繁の陣地と伝わる。死後、この地に信繁の遺骸が葬られ、典厩塚と呼ばれてきた。松代藩初代藩主真田信之の命により寺の名を松操山典厩寺と改めている。
典厩寺閻魔堂は、松代藩8代藩主真田幸貫の発願により、万延元年(1860)に建立された。川中島合戦の死者の冥福を祈り大法要が行われ、巨大な漆喰造朱塗りの閻魔大王像が安置された。正面、側面とも6.2mの宝形造桟瓦葺で、四周に裳階をまわし、頂点の露盤には、漆喰の鏝絵で武田菱や花菱の紋、背面には四海の文字が付けられ、青海波の模様が描かれている。舟肘木の組物や登梁風の大疎垂木など独特の形態をみせる。内部の天井には観音菩薩、大王像の背面には、四天王が描かれている。巨大な閻魔大王像を安置した地域の歴史と信仰の様相を物語る建物である。
典厩寺山門は、長国寺に建立された松代藩3代藩主真田幸道霊屋の表門を明治19年(1886)に移築したものとされる。建設年代は、絵様や部材の経年状況等から、真田幸道霊屋(現在、長国寺開山堂)と同時期の享保12年(1727)と推定される。山門は、切妻造桟瓦葺の四脚門で、棟には武田菱、両端には鯱が付けられている。良材を用いた丁寧なつくりで、門前景観を格式高く演出している。