遺跡・地点詳細

おともだいらいせき

お供平遺跡

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遺跡番号
N-036 
種別
集落跡 
時代
旧石器・縄文・中世 
地区
信州新町 
所在
下市場 お供平 
地図

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解説
 「西山」の通称で呼ばれる長野市南西部の山間地にある、旧石器時代・縄文時代・中世の遺跡です。大きく蛇行する犀川の浸食により半島状に取り残された標高463mの河岸段丘上に立地し、遺跡の北側と南側には比高約30mの段丘崖が東西に伸びています。古くから土器や石器が拾えることで知られていた遺跡ですが、昭和57年(1982)に信州新町町民運動広場の建設に伴う調査、平成元年(1989)に犀峡高等学校(現、篠ノ井高等学校犀峡校)のグラウンド造成に伴う調査が行われ、全体像が明らかになりました。
 旧石器時代の遺構は確認できませんが、検出面や縄文時代の遺構内から、後期旧石器時代(約13、000年前)の神子柴型尖頭器(みこしばがたせんとうき)などの石器が出土しています。旧石器時代の資料としては信州新町地区で唯一であり、大変貴重です。
 縄文時代では前期(約6,000年前)の竪穴住居跡26軒などを検出しました。北側の急斜面にある湧水を中心に形成された集落とみられ、この時期の北信地方では比較的大規模です。出土した土器や石器には関東・東海・近畿・東北各地方の特徴を示すものがあり、当時の人々の広域的な交流がうかがえます。
 中世では、井戸跡・炭焼窯跡・火葬墓・溝跡などの遺構や、陶磁器・石製片口鉢・石臼・硯などの遺物が見つかっています。お供平遺跡が立地する河岸段丘上には、室町時代に香坂氏の牧城、戦国時代に馬場氏の牧ノ島城が険しい地形を生かして築かれており、これらの遺構・遺物はいずれかの城跡に関連するものと考えられます。 

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