遺跡・地点詳細

みやのまえちてん

宮之前地点

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遺跡群
石川条里遺跡 
遺跡番号
E-① 
種別
生産地 
時代
弥生・古墳・奈良・平安・中世・近世・近代 
地区
篠ノ井 
所在
石川・二ツ柳・塩崎・みこと川 
調査年度
1991 
報告書
石川条里遺跡(8)
地図

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解説
 石川条里遺跡は、長野盆地南部に発達した千曲川左岸の後背湿地に立地する、弥生時代から近世までの水田遺構を主体とした生産遺跡です。条里遺構、すなわち現代の水田区画に残る古代の条里地割に基づく遺跡で、その範囲は篠ノ井塩崎・石川・二ツ柳に広がる水田地帯全域にわたります。
 本地点は遺跡の北西端、微高地と後背湿地の境界に位置しています。主要地方道長野信州新町線道路改良事業にともない、平成3年(1991)に調査が行われました。検出された遺構には、弥生時代中期後半~後期末の竪穴住居50軒以上・溝・土坑、古墳時代初頭の円墳1基、平安時代の竪穴住居跡7軒・溝・土坑・水田跡、中世の居館跡(大溝)・溝・土坑などがあります。平安時代の水田跡を除いた遺構の大部分は、南北に長い調査区の中央部を占める北西の山丘から延びた微高地の上に立地し、遺跡地図上は長谷鶴前遺跡群の範囲に属しています。特に弥生時代の住居跡は重複が著しく、一帯が長期にわたって安定した居住域であったことを示しています。また、中世の大溝は、幅20m、深さ1.5mを測り、伝承にある「四ノ宮氏館跡」の堀の一部とみられています。古墳時代初頭の古墳を取り込んで造成されており、周溝を堀の一部として利用していました。
 平安時代の水田跡は、後背湿地にあたる調査区南北端で検出され、南北方向の溝や畦畔(水田を区画する土手)、足跡状の凹凸が残る水田面などが確認されました。南端の水田跡は微高地と接する位置にあり、水田域と集落域の境界部分にあたるとみられます。