遺跡・地点詳細

いなばいせき

稲葉遺跡

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遺跡番号
F-017 
種別
散布地 
時代
縄文・平安 
地区
松代 
所在
松代町西条(稲葉)稲葉 
調査年度
1954 
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解説
 上田市との境にそびえる高遠山の北斜面に発達した支脈尾根端部に立地する遺跡です。標高650mの高所に位置し、西条地区の中心集落からの比高はおよそ270mを測ります。戦後の開墾で縄文土器・土師器が発見されたことに西条小学校長の中沢伝氏が注目したのをきっかけとして、昭和29(1954)年、北埴社会科調査研究会の主催による発掘調査が行なわれました。昭和32年には、東京から調査に参加した永峯光一氏らによって、成果の一部が報告されています。
 それによると、見つかった遺構・遺物には縄文時代の土器・石器、および平安時代の竪穴住居跡があります。縄文土器は早期から中期末までのもので、中期初頭の土器群がその主体を占めていました。石器には打製石鏃・磨製石斧・磨石・石錘などがあります。平安時代の竪穴住居跡は2軒です。このうちの1軒ではさらに2~3軒の住居跡が重複しているとみられ、これらに伴わない石組のカマドも隣接して検出されました。出土遺物には、土師器や灰釉陶器のほか、須恵器甕片や鉄製斧がありました。
 この調査は当初早期縄文土器の発掘を目的に行なわれましたが、予想に反して縄文土器の出土は少なく、平安時代の竪穴住居跡を確認する結果となりました。しかし、当時まだ判然としていなかった縄文時代中期初頭の土器様相の一端を知り得た点や、高地における平安時代集落の存在を明らかにした点は、重要な成果であったということができます。なお、開墾時に発見された遺物は現在西条小学校に保管されています。

参考文献
永峯光一・鈴木孝志1957 「長野県埴科郡松代町西条地区入組稲葉遺跡調査概報」『信濃』第3期第9巻第4号 

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