遺跡・地点詳細

かつらやまじょうあと

葛山城跡

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遺跡番号
D-201 
種別
城館跡 
時代
中世 
地区
芋井 
所在
鑪 (茂菅) 
地図

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解説
 葛(かつら)山城は、善光寺の北西に位置する標高810mの葛(かつら)山の山頂に立地しています。葛山城は裾花川左岸に位置しており、南側の対岸には旭山城跡があります。弘治元年(1555)に上杉謙信が旭山城に対する城として葛山城を築いたと伝えられています。
 城郭は葛山山頂に主郭があり、そこから三方に派生する尾根に曲輪が配置されています。曲輪の構築範囲はかなり広範囲におよび、その数は60に上ります。県下の山城の中でも屈指の規模の城郭として特筆されます。
 主郭は楕円形で、西側・東側・北側の3ヶ所に虎口があります。虎口の位置と曲輪配置から、三方に派生する尾根先端から尾根上の曲輪を経由して主郭にいたる3ヶ所の城内道の存在が想定されます。山頂の主郭の北は主郭直下の二の丸に続き、蔵屋敷と呼ばれる曲輪が数段あり、炭化した米が出土しています。東は斥候場と呼ばれ6条の空堀があります。また、南斜面には連続竪堀があり、善光寺側と旭山城を意識した防御施設を構築したものと思われます。
 なお、主郭及び曲輪には土塁がともなわず各曲輪の虎口が不明瞭であることなどは、大倉城跡などとともに上杉氏系城郭の特徴的な様相といえます。
 葛山城は川中島の戦いの三回目の戦いの前、弘治三年(1557)二月十五日(太陽暦で三月二十六日)、武田軍に攻められて落城しました。
 

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