ていきゃくけん
蹄脚硯
- 指定区分
- 市指定有形文化財
- 遺跡群
- 長野遺跡群
- 遺跡・地点
- 県町遺跡
- 時代・時期
- 奈良時代
- 地区
- 長野
- 所在
- 南長野 県町 (聖徳)
- 調査年度
- 1969~1977
- 報告書
- 県町遺跡
- 地図
-
サイトが別ウィンドウで開きます。
「同意する」ボタンを押すと地図が表示されます。
- 解説
- 蹄脚硯が出土した県町遺跡の発掘調査は、長野国際会館(現ホテル国際21)建設工事に先立ち、昭和44年(1969)の7月に1次調査、9~10月に2次調査、昭和52年(1977)に3次調査が実施され、調査面積は約300㎡です。
現代のかく乱が著しく、また遺構の重複関係も顕著でしたが、古墳時代から平安時代にかけての竪穴住居跡22軒の他、掘立柱建物跡とみられる土坑列や、火葬墓跡、溝跡などが検出されました。このうち、奈良時代の掘立柱建物跡と考えられる土坑列の一つの埋土から蹄脚硯の破片が出土しています。
復元後の大きさは口径20cm、台径29cm、器高12cmで、25個の蹄脚が硯面を支えている円面硯とみられます。このような硯は、時代的には奈良時代前期に限られており、掘立柱建物跡の時期推定の主な根拠となっています。また、宮殿や官衙(古代の役所)の跡から出土する例が多いことも円面硯の特徴です。伊那郡衙と推定されている飯田市の恒川遺跡からも同形式の円面硯が発見されていることから、水内郡衙などの可能性を含めて、県町遺跡の性格を考える上できわめて貴重な出土品です。