なるさわけじゅうたくしゅおく
成澤家住宅主屋
- 指定区分
- 国登録有形文化財
- 地区
- 松代
- 所在
- 長野市松代町松代
- 年代
- 明治前期
- 指定等年月日
- 平成19年12月19日
- 地図
-
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- 解説
- 松代町代官町は、元和8年(1622)に真田信之が上田から移封される前は山田町といわれ、わずかな人家と田畑が広がる集落であった。真田家が沼田真田家の家臣を召抱えることとなった明暦(1655~57)の頃から新たに開かれた武家町である。当初、代官職の武士を住まわせたことから「代官町(だいかんちょう)」と呼ばれたといわれ、中級の武家屋敷が並んでいた町である。
成澤家住宅主屋の平面は、南北の2棟を廊下で結ぶ形で構成されている。そのため、屋根面は雁行型を成した独特の形状をしている。南棟部は桁行6間、梁間2間半で、西側に1間の下屋を設けている。木造平屋建寄棟造、桟瓦葺。玄関は土間、その脇に風呂場、勝手場、茶の間、仏間付き居間と続き、南面・東面に廊下が回されている。北棟部も同規模・同構造の建物で、床の間付き座敷、押し入れ付き寝間、便所からなり、西面・北面に廊下が回されている。北棟と南棟の真ん中に位置する廊下は、当初は押入れであった。
建設年代を示す資料を欠いているが、成澤家に伝わる話と有識者の談によると、明治初期、この建物は真田藩主の館・花の丸御殿の局屋敷を移築したものであるという。局屋敷4室を2室ずつに切断し、雁行型に組み合わせたものと考えられる。床高である点・画一的な平面を構成している点などに局屋敷の面影が感じられる。
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