指定文化財詳細

なかごえこうしんこうにんべつちょうおよびようぐいっしき

中越庚申講人別帳及び用具一式

指定区分
市指定有形民俗文化財 
地区
吉田 
所在
長野市中越 
年代
1693年(元禄6年) 
指定等年月日
昭和42年11月1日

 

解説
 中越(なかごえ)の庚申講中は十三人で組織する集まりである。一年間に数度めぐってくる庚申(かのえさる)の日および申(さる)の日の夜間、頭屋(とうや)に集合して講会を催す。徹夜で物忌(い)みし、長寿・家内繁栄・豊作豊穣を祈念して夜明けになって散会する。このような講は全国に数多く分布しているが、この中越の講には次のような特徴がある。

① 一年間十二回の庚申講会のうち、最初の庚申の日を蓮花院内で開き、納日は大師講(十一月申)・御年越(十二月申)を行う
② 講会の勤行、呪(とな)え言は南無阿弥陀仏を全員で唱和する
③ 御年越の当日は朝から頭屋に集合して入浴、精進(しょうじん)潔斎して、餅つき、精進料理を作る
④ 御年越は善光寺の御年越式と同一日。夜間、講中の代表が善光寺に参詣(さんけい)する。
⑤ 元禄六年(1693)正月に始まり、今日まで続く庚申講人別帳(講の記録)を持つ
特に⑤の庚申講人別帳は約300年もの間、一度も休むことなく連続している筆記録であり、和紙一枚ごとに一年分の記録がなされている。全紙面の余白の部分には、こまごまとその年の概略事項が鮮やかな毛筆で記され、農村社会経済史の上でも貴重なものである。

その間の飢饉、善光寺地震、明治維新、昭和二十年の終戦にも耐えて続けられてきたわけで、その信仰集団の強固なこと、持続力には驚くばかりである。これは民間信仰誌として唯一のものと賞評されている。
このほか、庚申塔・庚申縁起・庚申講会に使用される御掛け軸及び諸用具類、講員の組織状態、指導者などについて、庚申講調査がまとめられている。
なお、この人別帳は『長野市史料集』第一集として、昭和五十七年に出版されている。(長野郷土史研究会、長野市文化財図録集刊行会)。