とみたけのびゃくしん
富竹のビャクシン
- 指定区分
- 市指定記念物
- 地区
- 古里
- 所在
- 長野市富竹
- 年代
- 不明
- 指定等年月日
- 昭和55年6月2日
- 地図
-
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- 解説
- 指定のビャクシンは富竹の徳永家前庭の真ん中に立つ独立木である。徳永家は天保年間(1830~44)にこの地に置かれた陣屋のもとで割元(大庄屋)を務めた旧家であり、ここの屋敷木として育てられた。
幹囲は3.85mで、幹の東側は樹皮が裂けて白い木肌がむき出しになっている。地上約7.8mの所で二枝に分かれ、南側の枝は枯れているが、先まで約19mあり、芯(しん)は朽ち果てずにまっすぐ立っている。北側の枝は高さ約16m、先端が折れているが、横枝を広げ葉を付けている。
葉型は老木にあらわれるヒノキ葉型である。雌木で、秋には小さな果実をたくさんならせ、小鳥がついばみに来るという。幹にはツルマサキ・ツタウルシなどがからみついているが、これらの蔓(つる)は途中で切られているので木には影響なさそうである。また、毎年消毒も行われるなど、この木を守るための努力がなされている。
ビャクシンは果樹の病気を媒介するということで、太平洋戦争終結後、果樹栽培の盛んなこの地区で問題になった時期もあったが、古巨木を守ろうという声が上がり、枝打ちだけで難を免れたという。
樹勢はやや衰えているが、歴史のある古名木を永く伝えていきたいものである。
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