指定文化財詳細

くまのいずはやおじんじゃせっしゃじじゅうおおかみやしろ はいでん ずいじんもん

熊野出速雄神社摂社侍従大神社拝殿・随神門

指定区分
国登録有形文化財 
地区
松代 
所在
長野市松代町豊栄 
年代
江戸時代末期 江戸時代後期 
指定等年月日
平成30年11月2日

 

解説
 熊野出速雄神社は、皆神山頂に鎮座する神社である。皆神山には、三つの峰があり、各峰に社が鎮座していたが、のちに和合院に合祀された。和合院は、信濃国の修験道本山派の中心として発展し、山岳修験の霊場として栄えた。神仏分離後には、社名を熊野三社権現から熊野出速雄神社に改め、通称、皆神神社として親しまれている。
熊野出速雄神社摂社侍従大神社拝殿は、江戸時代末期の建築とされ、神社の摂社として南面して建っている。入母屋造銅板葺で、正面に千鳥破風と軒唐破風の向拝がある。内部は、間口3間奥行5間の下拝殿・拝殿があり、その背面の内殿には、松代藩4代藩主真田信弘の寄進とされる本殿が祀られている。明治10年(1877)に拝殿・下拝殿境に格子戸を入れ、昭和54年(1979)に屋根の銅板葺替えと壁塗り替えをしている。彫が深く力強い虹梁絵様など細部に江戸時代末期の特色をよく示し、造形の規範となっている建物である。
熊野出速雄神社随神門は、境内参道に南面して建つ八脚門である。屋根は切妻造桟瓦葺であるが、もとは、こけら葺きである。建築年代は、江戸時代後期とされ、頭貫木鼻や虹梁の絵様は細身ながら、この時代の特色を示している。当初は、仁王門として建てられたが、神仏分離の影響で随神門へと変化した。昭和54年(1979)に桟瓦葺に葺き替え、平成30年(2018)にも瓦の葺き替えが行われた。