いわいどうかんのんどう
岩井堂観音堂
- 指定区分
- 市指定有形文化財
- 地区
- 中条
- 所在
- 長野市中条日下野
- 年代
- 江戸時代後期
- 指定等年月日
- 平成22年1月1日
- 地図
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- 解説
- 入母屋造り、茅葺(鉄板被覆)、妻入りで正面を懸造り(かけづくり)とし、背面は崖に接していて、岩がお堂に覆いかぶさるようになっています。
平面は、間口2間半(4.5m)、奥行き3間半(6.4m)の規模です。内部は外陣と内陣に分かれており、縁は正面と両側面の三方に回り、擬宝珠高欄をつけています。内陣の両脇には下屋が設けられていて、向って右側は僧侶の待合室、左側は台所となっています。
岩井堂観音堂は、古くは感難山岩光寺と関係があり、弘法大師修道の地で、本尊の馬頭観世音菩薩は、大師が千座の護摩の灰を使って作ったものとされています。建築年代は、性乗寺十三世庸倫弁中和尚が、享和2年(1802)に記した「仏堂再建勧化帳序」があり、建物の虹梁の絵様からも、文化文政期(1804~1829)頃再建されたことが分かります。弘化4年(1847)の善光寺地震によって、甚大な被害を受けたこの地にあって、奇跡的に被害を免れた建物で、近世の信仰を知る上でも貴重な遺構です。