遺跡・地点詳細

ひじりがわていぼうちてん

聖川堤防地点

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遺跡群
篠ノ井遺跡群 
遺跡番号
E-⑤ 
種別
集落跡 
時代
縄文・弥生・古墳・奈良・平安・中世 
地区
篠ノ井 
所在
塩崎(平久保) 
調査年度
1980
1981
1982
1989
1990
1990~1991 
報告書
篠ノ井遺跡群(4)
地図

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解説
 篠ノ井地区に広がる千曲川左岸の自然堤防上は、縄文時代以降の各時代の集落が濃密に分布し、上流側から塩崎遺跡群・篠ノ井遺跡群・横田遺跡群として把握されています。聖川堤防地点は、篠ノ井遺跡群と塩崎遺跡群を画する聖川の左岸に位置し、昭和55年(1980)から平成3年(1991)まで、小規模河川(聖川)改修事業および一般県道(篠ノ井稲荷山線)道路改良事業に伴い、発掘調査が実施されました。この結果、縄文時代晩期末から中世までの多数の遺構・遺物が検出され、長期間にわたる人々の営みが確認されています。
 注目される成果のひとつに、縄文時代晩期末に位置づけられる氷式土器が出土する集落を検出したことが挙げられます。氷式土器が使われた時期は縄文時代から弥生時代への移行期に該当し、西日本ではすでに弥生文化を特徴付ける水稲耕作が始まっています。長野県内では山間の扇状地に集落が認められる傾向がありますが、水田に適した後背湿地を背後に控える自然堤防上にこの時期の集落が確認されたことは、弥生時代開始期の稲作集落が存在する可能性を示唆するものです。
 また、弥生時代から古墳時代にかけての墳墓群が検出され、弥生時代後期の円形周溝墓から、古墳時代初頭の方形周溝墓を経て、古墳時代前期の前方後方形周溝墓に至る過程が把握できた点も大きな成果です。墳墓群は、本調査地点の北に位置する高速道地点で検出されたそれぞれの時期の環濠集落の外側に構築されており、墓域と集落域の位置関係や形成過程を知るうえでも重要といえます。  
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