とがくしじんじゃだいだいかぐら
戸隠神社太々神楽
- 指定区分
- 県指定無形民俗文化財
- 地区
- 戸隠
- 所在
- 長野市戸隠
- 年代
- 明治12年再興
- 指定等年月日
- 平成27年2月19日
- 地図
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- 解説
- 戸隠神社は江戸時代、徳川幕府の朱印1000石を受ける天台宗の寺であり、天の岩戸開きに功労のあった神々を祀る神仏習合の神社でもあった。戸隠山顕光寺の別当であった栗田家の配下の徳武松王は、神楽の技を伝承し、戸隠大権現の祭礼に奉仕していた。戸隠山の神楽は本来火之御子社で行われ、のち三院神前でも献奏されるようになったといわれる。
明治元年(1868)の神仏分離令により、還俗した戸隠衆徒は、各地の講への配札、信者の取次ぎも禁止され、太々神楽の献奏も禁止された。明治11年(1878)戸隠神社は長野県へ「戸隠神楽再興之願」を提出し、明治13年(1880)4月の祈年祭には太々神楽が奉納されている。このことから、明治12年(1879)には長野県から太々神楽再興の認可を得ていたと推察される。徳武松王の伝承していた神楽の技を、聚長(神官)となった衆徒が習い、明治23年(1890)国幣小社昇格とともに、神楽講の数が増加した。
神楽は10種類の舞で構成され、大神楽は10座(降神の舞・水継の舞・身滌の舞・巫女の舞・御返幣の舞・吉備楽の舞・三剣の舞・弓矢の舞・岩戸開きの舞・直会の舞)、中神楽は7座(大神楽から吉備楽の舞・三剣の舞・弓矢の舞を省く)、小神楽は5座(中神楽から水継の舞、御返幣の舞を省く)である。
北信地域に分布する戸隠神社系統の太々神楽のおおもとに位置づけられる神楽である。伝承は戸隠神社楽部が組織され、一山の神主が伝承する体制が整備されている。歳旦祭・講社祭・祈念祭・例祭・新嘗祭・月並祭・随時献奏など年間で70回を超える太々神楽が開催されている。
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